公開: 2020年4月22日
更新: 2020年4月23日
ホモサピエンスが頭蓋骨の形状から、言葉の発声に必要な多様な音の発声に有利であったことが分かっています。しかし、頭蓋骨の分析からは、ネアンデルタール人も言葉を話す能力があったことも知られています。そして、ネアンデルタール人が暮らしていた社会の人口が、ホモサピエンスのそれに比べて、小さかったことも知られています。
ネアンデルタール人の集落は、血族に基づいて作られていたとされています。そのため、1つの集落の大きさは、十数人から数十人程度でした。これと比べると、ホモサピエンスの遺跡の発掘からは、1つの集落の大きさが、数百人のものも珍しくありません。このことから、ホモサピエンスは、大きな集団の中でも、互いの意思を通じ合わせることができる能力を持っていたと考えられています。
この能力として考えられるのが、言葉の力です。家族の中だけで通じる言葉を話し、家族のメンバーと意思を通じ合わせられれば良い人々の言葉と、複数の家族から成る大きな集団をまとめるための言葉は、違ってくるという考えです。集団の規模が大きくなればなるほど、その集団のメンバー間での意思を通じさせることが難しくなるからです。
このような理由で、歴史学者の中には、「ホモサピエンスは、大きな集団の中でも、意思を通じさせるための、より高度な言葉を生み出していた」と考える人がいます。例えば、人々の心をまとめるための「神」と言う言葉や、自分達の仲間意識を高めるための「村」や「国」などの言葉を生み出していたと考えられています。
「神」、「村」、「国」のような、「抽象的な言葉」は、その対象が、「もの」ではなく、人間が見たり、直接、触れたりすることのできないものです。そのような、「見えないもの」のイデアに名前を付けて、その意味を共有することは、規模の大きな社会を作るためには、非常に大切なことです。
人間が使う言葉は、歴史と共に進化を続け、現在使われている言葉を文法から見て整理すると、大きく「孤立語」「こう着(ちゃく)語」「屈折(くっせつ)語」に分けられます。孤立語には、中国語やポリネシア語などが含まれます。文法の規則が弱く、その分、書かれた文の意味は「あいまい」になります。こう着語には、日本語、朝鮮語、蒙古語、フィンランド語などが含まれます。これらの言葉には、単語の後に付けられる「助詞」が、文法上は大切な働きをします。
屈折語には、現代のヨーロッパからインドに至る広い地域で使われている言語が属しています。典型的な言語としては、ラテン語やギリシャ語、インドのサンスクリット語などが含まれます。文法の規則が厳密で、文法に従って文を作らなければ、意味が伝わりません。そのため、サンスクリット語のように、その言葉を使って生活する人々がいなくても、言語は生き残り、書き残された文献を後の時代の人々も読むことができます。これは、ラテン語も似ています。現代のイタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、そして英語などは、ラテン語の文法を真似て、進化してきました。
ユバル・ノア・ハラリ著、「サピエンス全史」上下巻 河出書房新社(2016年)